はじめに
下記の例が示すように、技術の進歩は、われわれの生活に劇的な影響を及ぼしています。
障害を持つ方が、過去に例を見ないほど、Webを通して情報へアクセスしたり、やりとりをしたりするようになりました。Webが、他の方法では実現できない、社会参加のチャンスを障害者に提供しているのです。障害者は、アクセシブルなWebサイトがあれば、普通のことができます。つまり、子供は勉強し、ティーンエージャーは遊び、大人は仕事をし、高齢者は孫の話を読むなど、いろいろなことができます。Webがあれば、障害者は、他の人に頼ることなく、より多くのことが自分でできます。目の見えない人は、コンピュータからテキストを読み上げるスクリーン・リーダーを使用して、新聞を読むことができます。認知障害があるために文書化された情報を処理することが困難な人も同じです。耳の聞こえない人は、これまでラジオやテレビを聞くことができる人しか入手できなかった最新ニュースを手に入れることができます。目が見えなくて耳の聞こえない人も同様です(点字ディスプレイを使用)。腕や足を動かすことができない四肢麻痺の人でも、食料雑貨品、小物類、プレゼントなどをオンラインで購入して届けてもらうことができます。話すことができない人は、ブログのコメントなどを通して、オンライン討論に参加することができます。
しかし、この可能性は、Web全体を通して実現されているわけではありません。ほとんどのWebサイトにアクセシビリティの障壁が存在しており、多くの障害者にとって使用が困難なことが問題です。また、ほとんどのWebソフトウェアツールは、障害者にとって十分にアクセシブルとは言えず、彼らがWebに参加することは難しく、不可能なこともあります。これは、非常に大きな課題です。障害を抱えているためにWebを十分使用することができない人は、何百万人もいます。
Webアクセシビリティとは、障害者がWebを使用し、参加できるように、これらの障壁を取り除くことを意味します[1]。
本書は、製品を改善するため、つまり、Webサイト、ソフトウェア、ハードウェア、および消費者製品においてアクセシビリティの障壁を無くし、新たな障壁が発生することを防止するために書かれたものです。1つの指針となる原則は、障害者に訊くことです。
設計におけるアクセシビリティ
アクセシビリティとは、基本的には障害者が製品を使用できることを意味します。より具体的には、人々のさまざまな能力の違いに関わらず、ユーザー・インターフェースの認識、操作、理解ができるようにすることを意味します。また、アクセシビリティが確保されれば、さまざまな状況、環境、条件で製品を使用できるようになります。障害のある人にとっても、アクセシブルな製品を開発する組織にとっても、アクセシビリティは有益なものなのです。
つまり、アクセシビリティは、障害者にとってのアクセスの改善を主な目標としていますが、障害のない人およびアクセシブルな製品を開発したい企業にとっても役に立ちます(たとえば、「ビジネス面から見た付加的な利点」を参照してください)。
アクセシビリティの設計は、全く新しい設計プロセスを必要としません。一般的には、既存の設計プロセスをわずかに調整するだけで済みます。たとえば、アクセシブルな設計テクニックは、ユーザー中心設計(UCD)プロセスにピッタリとフィットします。本書では、アクセシビリティを設計全体へ組み込む方法に関して説明します。
- パートI: 「基本」は、非公式レベルでも障害者を設計プロセスに参加させたい人を対象に書かれています。
- パートII: 「ユーザー中心設計プロセスにおけるアクセシビリティ」では、アクセシブルな設計の手順をユーザー中心設計プロセスに組み込むために取り組んでいる、ユーザビリティの専門家を対象に書かれています。
自らの組織において確固たるUCDプロセスが導入されていない場合でも、パートIIで示されている多くのヒントおよびテクニックを使用することにより、UCDプロセスが公式か非公式かに関わらず、アクセシビリティを設計に組み込むことができます。
あなたならできる!
本書では、次のように実例を示しています。
障害者をユーザビリティ・テストに参加させるためのワークショップにおいて、誰かが「確かに学ぶことはたくさんある」と言いました。
実際に、本書には、多くの情報が含まれています。本書は、私自身および他の方々の数多くの体験を下に集められた知恵袋です。情報の量に驚かないでください。本書は正確に従うべき処方箋ではなく、物事をスムーズに進めるためのちょっとしたヒントを集めたものです。本書が読者の方々を遠ざけてしまうのではなく、皆様が設計プロジェクト全体にアクセシビリティを組み込み、障害者を参加させる上で、何らかの形で自信と着想を得ることができることを願います。
コンテンツの概要
現在設計プロジェクトが初期段階にある、という方も、今すぐ本書を一読されることをお薦めします。本書の後半で示す一部の情報、たとえば障害者のリクルートに関する詳細情報なども、プロジェクトの初期の段階で役に立ちます。
目次には、本書のすべてのセクションに対するオンラインのリンクが含まれています。主な章は下記で説明します。
- パートI: アクセシビリティおよび設計の基本 Design
- 「初期段階で設計全体にアクセシビリティを組み込む」では、アクセシビリティの設計プロセス全体への組み込みをただちに開始することを薦めています。
- 「障害者によるプロジェクトへの参加」では、ショートカットを通して、アクセシビリティ設計組み込みプロジェクトを紹介しています。設計プロジェクトにアクセシビリティを組み込むための近道を紹介しています。
- 「障害者との対話」では、助ける前に訊くこと、推測を避けること、人間重視の言葉を使用することなど、いくつかのヒントを示しています。
- パートII: ユーザー中心設計プロセスにおけるアクセシビリティ
- 「分析段階」では、障害者をユーザーグループのプロフィール、ペルソナ、およびシナリオの作成に参加させることに関して説明します。
- 「設計段階 」では、アクセシビリティの標準、ガイドライン、テクニックガイドなど、アプローチおよび参考文献を紹介します。
- 「アクセシビリティの評価」では、ヒューリスティック評価、設計ウォークスルー、ユーザビリティ・テストなど、アクセシビリティを一般的な評価方法に含める場合のガイダンスを提供しています。
- 「スクリーニングテクニック」では、アクセシビリティの障壁を見極めるための簡単な活動に関して説明しています。
- 「ユーザビリティ・テスト」は、本書の中心であり、障害者が参加する効果的なユーザビリティ・テストの計画、準備、および実施に関する詳細なガイダンスを提供しています。この中には下記の内容も含まれます。
- 「補遺: 参考文献」では、アクセシブルな製品の設計に関する参考文献を列挙しています。
本書は全体に渡って、他の章の関連セクションを参照するようにしていますが、これは本書をオンライン化の際に意図的に行われたものです。これは、文脈とは関係なくあるセクションを読む場合、後で特定のセクションに戻る場合、あるいは他の場所に書かれている関連情報を忘れた場合でも役に立つように、製本版にも含まれています。
適用範囲
本書に書かれているほとんどの情報は、コンピュータのハードウェア製品、ソフトウェア製品、Webベースの製品、および音楽プレイヤー、携帯電話、デジタルカメラなどの消費者製品を含め、すべての電子情報技術(E&IT)製品に適用することができます。特定の種類の製品だけに適用される情報は、その旨が文章の中で示されています。
本書は、設計というプロセス全体へのアクセシビリティの組み込みを適用範囲とします。特定の設計ソリューションは含まれていません。アクセシブルな製品を設計するためのトレーニングやその体験に換わるものとして作られたものではありません。また、法令順守に関しては触れておらず、製品が特定のアクセシビリティの標準に準拠しているか否かの判断に関する指示も含まれていません。
本書では、効果的なアクセシビリティ・ソリューションを効率的に開発するために、設計の当初から障害者に参加してもらうことに焦点を当てています。
では、基本から始めましょう。
参考文献
- Henry, S.L. "Understanding Web Accessibility", Web Accessibility: Web Standards and Regulatory Compliance. Berkeley, CA: friends of ED/Apress, 2006.